HISTORY

MASAYAのアーティストとしてのキャリアは、1998年に自身を中心として結成したバンドNOVA(ノーヴァ)から始まる。4歳からクラシックピアノを習い、中学生の頃には既に作詞・作曲を始めていたMASAYAは、NOVAの作品において制作からアレンジまでを手がけるメインコンポーザーとして活躍。繊細さと親しみやすさを兼ね備えた楽曲は、世代の壁を越えて多くの人々に支持され、メディアでも取り上げられるようになる。

そのきっかけのひとつは、老人福祉施設の慰問演奏やチャリティーコンサートへの積極的な参加、小学校への楽曲提供など、従来の固定観念にとらわれない幅広い活動を展開していたことにあった。そもそもNOVAとは新星を意味する言葉で、そこには「音楽界の新星を目指す」というメンバーたちの熱い想いが込められていたのだが、彼らのユニークな活動はその名のとおり他のバンドとは一線を画したものして認知されていく。

メンバーの大学進学以降、活動範囲はますます広がりをみせる。ライブハウスでの演奏はもちろんのこと、各地の大学・専門学校でのライブ、世界最高峰の鈴鹿8時間耐久ロードレースに参戦するチーム「team LITTLE WING」への楽曲提供やパフォーマンス、地元の青年会議所へのイメージソング提供など、活動の場を自ら切り開いていった。

また、この頃から「月」をテーマした公演もスタート。月の研究で数々の著書を持つ志賀勝氏と共に、プラネタリウムや寺院などを舞台に「癒し」と「和」の空間を創り上げた。その後、愛•地球博への出演などを経て、NOVAは2005年12月に活動を停止する。

2006年、MASAYAは自身のユニットsilent flow(サイレントフロウ)の活動を本格化。「優しい歌声は、愛の詩を唄うために。」というコンセプトのもと、詩に込められた愛の形を描く。その一方で、他のアーティストへの楽曲提供やサポート演奏にも力を注いでいる。また、シンセサイザーのインストラクターとしてキーボードブランドKORGと契約。音楽との新しい関わり方を、常に探求している。

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